大阪史跡探訪Vol.16を開催(2014.5.25)
大阪史跡探訪Vol.16
2000年から継続して実施してきました大阪龍馬会主催「大阪史跡探訪」が5月25日で16回目を迎えることとなりました。
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夕陽丘を紹介したVol.1の2000年以降、新発見があればその箇所を目玉として実施してきましたが、今年も継続して実施することができることとなりました。
これまで数回紹介いたしました「三橋楼」が、ついに大阪市の顕彰史跡となりました。2014年1月には説明板が設置され、石碑建立を待つだけとなりました。私が永田屋昆布店(店前に八軒家船着場の石碑が建立されている)に「三橋楼跡は現在どこに該当するのでしょうか?」と問いかけたことから、平成24年度、大阪市が顕彰史跡として№189「三橋楼跡」が登録されました。
奇跡としか言いようがありません。私以外に尽力された方による功績です。この内容は今年、大阪龍馬会から発刊される「大坂の史跡探訪vol.3」で執筆させていただきました。
三橋楼跡にお住いになっている某マンションH氏の尽力によるものです。
三橋楼は本町橋西詰に移転しますが、そのいきさつを東横堀川界隈で結成されているe-よこ会(東横堀川水辺再生協議会)から原稿依頼があり、投稿させていただいた内容が下記URLでアップされておりますのでご覧ください。
http://e-yokobori.jp/docs/news11.pdf
大阪市の顕彰史跡については下記URLをご覧ください。
http://www.city.osaka.lg.jp/kyoiku/page/0000243650.html
5月25日までに石碑が建立されればいうことがないのですが、H氏にお伺いすると、別の案件があるため、もう少し時間がかかるようです。
このブログ記事をご覧になっているガイドをされている方にお願いがあります。
<お願い事項>
史跡箇所がマンションであるため、マイクなどの拡声器を使って説明するがゆえに、住民に迷惑がかかるため、ぜひともマンション前でのご説明は差し控えてください。H氏からのご要望でもあります。
幕末期のグルメ本に該当する「花の下影」に「三橋楼」が掲載されています。
大阪会議の舞台の地となった場所のうちのひとつに「三橋楼」が該当します。
大久保利通日記から明治8年1月8日と1月26日の記載内容が下記の画像です。
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