山南 敬助

住吉楼はどこ?

大阪史跡探訪Vol.15  住吉楼跡近辺

今回のコースは、堂島(江戸期は島だった)がコースの中に入っており、蜆川などを紹介。

幕末のエピソードと言えば、壬生浪士による「大坂力士騒動」。

住吉楼周辺が第3回戦、蜆橋跡付近が第2回戦、佐賀藩蔵屋敷前の鍋島河岸が第1回戦でした。

薩摩藩士による5人斬りの事件が芝居になりましたが、江戸期がもう少し延命していたならば、壬生浪士と大坂力士による騒動も芝居になっていたかもしれません。

もちろん、大河ドラマ「新選組!」ではしっかりと描かれていました。

108

109

109_2

大坂の幕末を歩く 天満橋~北浜

大坂の幕末を歩く 天満橋~北浜

今春は、3月23日に行います。

見どころは下記の通りです。詳しくはこちら

Resize0606_2

Resize0607_2

Resize0609

Resize0610

・復帰した八軒家船着場の常夜燈

・大阪市の史跡に顕彰された「三橋楼跡」(大阪会議ゆかりの地)

・新選組の定宿「京屋忠兵衛」跡

・坂本龍馬ゆかりの船宿「堺屋源兵衛」跡

・新選組ゆかりの地 平野屋跡、岩城升屋跡

・花外楼

・大坂銀座跡

Resize0611

などなど。

ぜひ、ご参加ください!

続きを読む "大坂の幕末を歩く 天満橋~北浜" »

中大江・北大江エリアの史跡探訪レポート 24

大阪歴史散歩の会 中大江・北大江エリアの史跡探訪レポート 24

新選組定宿 船宿 京屋忠兵衛跡
                         中央区天満橋京町3-6(福助ビル~フロマージュ天満橋店)

「八軒家船着場」は、古くから「窪の津」「渡辺の津」といわれ、平安時代から四天王寺や熊野詣の人々の上陸地であった。
江戸期にはこの辺りに船宿が8軒あったことから八軒家と呼ばれた。京・大坂を淀川で結ぶ場として非常に賑わっていた。
新選組定宿「京屋忠兵衛」は、現在の土佐堀通南側フロマージュ満橋店から福助ビルに該当する。間口は「京橋弐街目」の水帳によると11間(11×1.8182=20.002m)ほどあった。
文久3年(1863)4月21日、将軍徳川家茂護衛のため新選組(当時は壬生浪士組)が下坂し京屋に宿泊した。
6月2日にも芹沢鴨、近藤勇、山南敬助、沖田総司、平山五郎、野口健司、永倉新八、斎藤一、島田魁、井上源三郎が宿泊した。このとき大坂相撲力士との乱闘事件を起こす。9月にも宿泊。元治元年(1864)7月に
は禁門の変後の大坂で残党狩りのため23日より宿泊した。
慶応2年(1866)1月19日には龍馬の護衛をしていた三吉慎蔵が八軒家で検問している新選組を目撃している。
鳥羽伏見の戦後、慶応4年(1868)1月6日、京屋へ投宿し、翌日大坂城へ入城したが、火災のため再度京屋へ戻ってくる。「京橋弐街目」の水帳(江戸期の土地台帳)には、船宿 京屋忠兵衛並びに船宿 堺屋源兵衛が記載されており、京屋忠兵衛の次の代が、京屋小次郎。そして明治期になって転売された。水帳は道主が変わればその上に紙が貼り付けられる仕組みである。
京屋の表口が11間(約20m)。奥野氏が、近年、フロマージュ天満橋店の許可を得て「京屋忠兵衛跡」の銘板を実費で建てられた。

Resize0360

Resize0358

Dsc021491










【楢崎龍ゆかりの地 天満八軒屋 船屋 京屋忠兵衛跡】
明治期に発刊されたお龍の回顧録では、大坂の女郎に売り飛ばされた妹の光枝の救出劇が語られている。
お龍の回顧録『続反魂香(四)』で次のような記録がある。
『お良は還って見ると、妹の光枝が居ませむから、如何したのかと母に聞くと、これこれと訳を話しましたので、そりゃ大変です。(途中省略)お良は、宜しいお母さん、御心配なさいますな、妾(わた)しが行って取り返して来ますからと、金子を調へて、先ずお吉(光枝をさらって売り飛ばそうとする狼婆)の家へゆき、此処で亭主と言ひ争った末に、愈大坂の居処が知れて、お良は大坂へ渡り、ドブ池といふ処に、お吉と他に男が三人無頼漢(ごろつき)風の奴が、光枝を取りかこむで何か言って居ります処へ、突然坐りこむで白眼(にら)み廻すと、流石の四人も不意にお良が来たので、唯、呆然と仕て居りました。軈(やが)て口を開き、おいお前さん方は、何たつて妹をこんな処へ連れてきたんです。母に聞けば大家へ小間使ひにやるとかいふそうですが、妾(わた)し眼の黒い内は、めつたに妹を他処へは遣りませむよ、さあ、妾(わた)しが妹を連れて帰りますから、其積りで居て下さいと、立上がって妹の手を執ると、一人の男が、矢庭にお良の腕を捉へて、やい阿魔(あま)、何でい、此女を如何するといふんでい、と眼を怒らせて今にも飛かゝらむ勢ひ。お良は平気で、何だとい、此女を如何する、フン自分の妹を自分が連れてゆくに何が如何したとお言ひだい、ふざけた事を言ひなさむな。(途中省略) 傍らにあった火鉢を執って投げつけますと、ぱつと上る灰神楽。即意即妙の目つぶしに、三人とも目をやられて、言ひ合したやうに台所へ馳せゆく隙を窺ひ、光枝の手を執って表へ出ますと、お吉婆が、背後から帯を捉えて引戻そうとするやつを、エイッと蹴飛ばして逃げ出し、八軒家の京屋といふ船宿に飛び込むで、三十石船に乗り京都へ帰って我が家へ着きました。帰ると妹の君江も連れて行かれたと聞き、母を叱咤し急いで連れ帰りました。』

その他のカテゴリー

BRIDGE e-よこ会(東横堀川水辺再生協議会) JASS NHK「龍馬伝」関連 NHK大河ドラマ主人公関連 NHK大河ドラマ関連 OSAYAN osayan クイズコーナー osayanの取材日記 TSビル あすなろ お龍 こめんと アントニウス・ボードウィン アーネスト・サトウ オリジナルソング クイズ シーボルト ハリー・パークス プリンセストヨトミ レトロ建築 三条実美 三橋楼跡 上島鬼貫 上町学プロジェクト 中岡慎太郎 乾 十郎 五代友厚 井上馨 井伊直弼 井原西鶴 京街道 京都の史跡関連 伊藤博文 伊達宗城 伊達宗広 会津藩 住友関連 佐久良東雄 佐賀藩関連 八軒家船着場跡 兵庫県知事 加藤清正 勝 海舟 勝小吉 北畠顕家 南方熊楠 原敬 句碑 司馬遼太郎 吉田松陰 和歌山の史跡関連 和歌山市の史跡 喜多俊之 土佐勤王党 土佐海援隊 土佐藩関連 土佐陸援隊 土居通夫 土方歳三 土浦藩 坂の上の雲 坂本龍馬 坂本龍馬の豆知識 堺事件 堺屋太一 夕陽丘 大久保利通 大坂の史跡紹介 大坂ゆかりの地 大坂城 大坂城代 大坂定番 大坂蔵屋敷関連 大坂銀座跡 大坂銅座跡 大塩平八郎 大村益次郎 大村藩関連 大石内蔵助 大阪あそ歩 大阪まちあるきCUP 大阪ハリストス正教会 大阪会議ゆかりの地 大阪城 大阪天満宮 大阪府知事 大阪旅めがね 大阪歴史塾 大阪珍百景 大阪砲兵工廠 大阪龍馬会 天満橋 天誅組 天誅組関連 学生時代 宇和島藩関連 安藤忠雄 宣教師ニコライ 専崎楼 専称寺 専稱寺 小松帯刀 尾張藩関連 山南 敬助 岩倉具視 岩崎彌太郎 岸和田の史跡関連 岸和田市の史跡 岸和田藩 島津久光 幕末の志士が歩いた大坂 幕臣関連 平 将門 平 清盛 彦根藩 後藤象二郎 後醍醐天皇 徳川光圀 徳川吉宗 徳川家光 徳川家康 徳川家茂 徳川慶喜 徳川斉昭 戦国大名 抜け穴 文化・芸術 文学碑 新婚旅行 新選組 旧街道・城下町を歩く 明治以降の大阪 明治天皇 明治天皇碑 昭憲皇太后 東久世通禧 東海道五十七次 東郷平八郎 松尾芭蕉 松平容保 松平春嶽 松本重太郎 板垣退助 柴田勝家・お市の方 桂小五郎 桂小五郎・木戸孝允 桑名藩関連 楠木正成 楠木正行 武市半平太 歴史 歴史こぼれ話 水戸藩関連 江戸川乱歩 池内大学 沢辺琢磨 河井継之助 法性寺 浜口儀兵衛 海軍塾 清河八郎 源 義経 演劇 演劇集団キャラメルボックス 濱﨑太平次 熊野街道 甲斐よしひろ 真田幸村(信繁) 石垣 石山本願寺 石田三成 砲台 神戸の史跡関連 神戸事件 神戸史跡 神戸史跡関連 神戸海軍塾 福澤諭吉 稱念寺 稲畑勝太郎 竜馬がゆく 築地蟹島 紀州藩関連 紀州街道 緒方洪庵 織田信長 茶川一郎 蓮如上人 薩万 薩摩屋半兵衛 薩摩藩御用商人 薩摩藩関連 藤原家隆 西国街道 西大寺観音院 西郷吉之助 豊臣期の大坂 豊臣期の大坂を歩く 豊臣秀吉 豊臣秀頼 赤穂義士ゆかりの地 足利尊氏 近藤 勇 近藤長次郎 追手門学院 追手門学院 大阪城スクエア 適塾 金田一耕助 長岡藩関連 長州藩関連 関西大学 陸上競技部 陸奥宗光 雙松岡塾 難波宮 高島鞆之助 高杉晋作 高槻 高橋泥舟 黒田如水 黒田清隆 齢延寺 龍谷大学

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

osayan

  • osayan: osayanのアルバム http://www.voiceblog.jp/y-osayan/

最近のトラックバック

カテゴリー

microad