伊達宗城

現存する豊臣期大坂城石垣を見学できるツアーのご案内

現存する豊臣期大坂城石垣を見学できるツアーのご案内

大阪史跡探訪Vol.16

通常公開はお断りをされている一般非公開の箇所。

私が企画するツアーのコンセプト「地下に眠る豊臣期の大坂城石垣」にご賛同いただき、一般非公開である箇所に見学の許可をいただきました。

2回チャンスがありましたが、1回目は定員超過率1.67で満足していただきました。また、怪我なく無事終了することができました。

残すところあと1回(5/25)となりました。

恐らく、5月25日で、私として今回限りとしたいと思っています。

→2014年5月25日 大阪史跡探訪Vol.16 大阪龍馬会主催イベント

申し込みはこちら   

行程は次の通り

1. 復活した八軒家船着場常夜燈→2. 渡辺の津跡→3. 三橋楼跡→4. 大阪ハリストス正教会跡→5. 豊臣期大坂城三の丸の石垣→6. 大阪衛戍病院跡→7. 大阪偕行社跡→8. 明治紀念標跡→9. 大阪偕行社附属小学校(追手門学院小学校)→10. 大坂東町奉行所址→11.明治新政府外国事務局跡→12.キリシタン寺跡→13. 石田三成邸跡→14. 大阪英語学校跡→15. 舎密局跡→16. K・W・ハラタマ博士像→17. 大阪憲兵隊本部跡→18. 難波宮跡の遺跡→19. 5世紀後期の高床式倉庫→20. 豊臣秀次邸跡→21. 難波宮大極殿跡→22. 歩兵第八聨隊跡→23. 歩兵第三十七聨隊跡→24. 大村益次郎終焉の地→25. 司馬遼太郎終焉の地→26. 兵部大輔大村益次郎卿殉難報國之碑→27. 安国寺恵瓊邸跡→28. 忠臣蔵長屋跡推定地→29. 井原西鶴終焉の地→30. 月山貞一旧居跡→31. 大村益次郎寓居(漏月庵)跡→32. 五代友厚像→33. 土居通夫像→34. 稲畑勝太郎像→35. 英照皇太后・昭憲皇太后 行啓之所→36. 大坂西町奉行所跡→37. 大阪府庁跡→38. 牢屋跡→39.大阪活版所跡→40.義侠 天野屋利兵衛之碑→41.本町橋→42. 三橋楼跡→43. 曲り淵地蔵尊

ご希望の方は、定員オーバーになる前に常にチェックくださいますようお願いいたします。

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大坂城 豊臣石垣公開プロジェクト

http://www.toyotomi-ishigaki.com/

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大村益次郎終焉の地 / 豊臣期の大坂を歩く 夏の陣vol.Ⅲ レポート(5)

豊臣期の大坂を歩く 夏の陣vol.Ⅲ レポート(5)

大村益次郎終焉の地 

 大村益次郎は、文政7年(1824)、周防国吉敷郡鋳銭司村字大村にて医者 村田孝益の子として生まれた。弘化3年(1846)、23歳の時、大坂に出てきて、緒方洪庵の適塾に入門。入門後、成長著しく、3年後には塾頭を務めた。
 塾頭になったその年に、橋本左内、杉 亨二が入門している。
 27歳で塾を辞め、帰郷し医業を開業。
 その後、才能を買われて宇和島藩に招かれ、藩主 伊達宗城より蒸気船の建造を命じられ、それを実現させた。
 安政3年(1856)、幕府から招かれ蕃書調所(洋書を翻訳する役所)に出仕し、併せて講武所(幕府の学校)の教授を務めた。
 2年後、長州藩 桂小五郎の薦めにより長州藩の藩校教授となる。幕府による第二次長州征伐の時は、参謀として指揮を取り、勝利に導いた。新政府樹立後は、大参謀 薩摩藩 西郷吉之助の下で軍監兼参謀を務め、上野の彰義隊との戦いの総指揮を命じられ、僅か1日で終わらせた。
 明治元年(1868)、維新に散った人たちを祀る招魂社(現在の靖国神社)を九段に創建する。
 明治2年9月4日、京都の三条木屋町の定宿にいるところを刺客に襲われ、瀕死の重傷を負った。大阪病院(浪華仮病院)に治療のため運ばれる。敗血症を併発し、右足の切断手術を受けたが、その甲斐なく同年11月5日、46歳で永眠。
 墓は故郷の鋳銭司村にあるが、切断した右足は、大村益次郎の遺志により、師である緒方洪庵の墓がある龍海寺に、洪庵の墓の横に埋められた。

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豊臣期の大坂を歩く 夏の陣vol.1 レポート(24) 大坂東町奉行所跡

豊臣期の大坂を歩く 夏の陣vol.1 レポート(24)

大坂東町奉行所跡 

明治新政府外国事務局跡 江戸期、大坂には東町と西町の町奉行所があった。

両奉行所は月番制(一月交替)。

最初は両奉行所ともこの地にあった。

享保9年(1724)に大火があり、両奉行所とも焼失した。

西町奉行所はその後別の地に移り、東町奉行所はこの地に残った。

明治維新後、新政府の「外国事務局(現在の外務省)」が東町奉行所跡地に設置された。政権交代早々に外交に関する難問(神戸事件、堺事件、大阪開市問題など)が生じた。
これら難局を乗り切るため、外国事務局総督に山階宮二品晃親王、三条実美、伊達宗城、東久世通禧、沢 宣嘉が任命された。

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江戸前期は東町奉行所と西町奉行所が東西に並んで建っていた。

享保年間の大火事で両奉行所とも焼失。それ以降、西町奉行所は現在のマイドーム大阪または大阪商工会議所のある位置に移された。

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