紀州藩関連

大坂の史跡探訪 Vol.4  大坂城

大坂の史跡探訪 Vol.4  大坂城

2015年6月14日に発刊。大阪龍馬会発刊の史跡ガイドブック連載のVol.4は「大坂城」です。

これまで以上にページ数が増え、115ページと史跡コースMAPの付録でついています。

詳しくは次のサイトへ  クリック

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三橋楼跡をはじめとした天満橋~北浜の史跡ツアーのご案内

天満橋~北浜の史跡ツアー

3月23日(日)13時~

http://www.osaka-asobo.jp/course29.html

天満橋から北浜にある史跡巡りを行います。

見どころは、三橋楼跡。大阪市の史跡として顕彰されました。

また、三橋楼移転後に同場所に建った大阪ハリストス正教会の聖堂も、名所として知られています。

大阪ハリストス正教会に現れた人物に新島襄ゆかりの人物、また坂本龍馬の従兄弟に当たる人物、懐徳堂の復興を悲願としていた人物など、これまで紹介していないネタを紹介いたします。

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もう1点は、一昨年、復帰した八軒家の常夜燈。

ぜひ、ご都合の合う方は

上記URLにアクセスしてください。

大坂の幕末を歩く 3 ~夕陽丘周辺Vol.2~ 1

「大坂の幕末を歩く 3」~夕陽丘周辺Vol.2~ 1

陸奥宗光の父 伊達宗広隠居(自在庵)跡/稱念寺
                                 天王寺区夕陽丘町5-14


伊達宗広は享和2年(1802)5月25日、紀州藩士の家に生まれた。
紀州藩主 徳川治宝(はるとみ)は宗広の才能を評価し18歳で藩の監察に任命する。
その後、宗広は勘定吟味役、勘定奉行、寺社奉行兼務と昇進して500石取りとなった。家老山中筑後守を補佐して藩政改革を推進する一方で、藩内の尊王論を主導した。
嘉永5年(1852)、山中筑後守、更には藩主 治宝が相次いで病死すると、改革に反対する派閥が推す家老水野忠央が実権を握った。
幕府からの信頼も厚かった水野は、藩内に危険な思想を広めたとして、宗広をは捕え10年近くにわたり紀伊国田辺に幽閉を命じた。
文久元年(1861)、その才能を惜しんだ土佐藩 山内容堂の口利きによって宗広が釈放されると、養子である宗興に家督を譲って隠居した。
翌年、宗興とともに脱藩して上洛、尊皇攘夷運動に参加した。これを知った紀州藩は激怒し、宗広・宗興は和歌山に連れ戻され、再び幽閉の身となった。
明治維新後、実子の陸奥宗光が新政府に出仕。宗光の功績が讃えられ、明治2年(1869)、宗広は幽閉が解かれ、宗興も和歌山藩執政に抜擢された。紀州藩は過酷な措置を行ってきたお詫びとして宗広に隠居料200石を与えた。
宗広はその後歌道に専念し、大阪夕陽丘にある歌人藤原家隆の荒廃していた墓を修理し、付近の土地千百数坪を購入し「自在庵(じざいあん)」を築き、余生を歌道に専念しようとした。
家隆の歌からこの地名を「夕日岡」と創名したのは伊達宗広である。
明治5年(1872)、宗広は病状が悪くなり宗光邸のある東京深川清川町に移り住むことになり、夕陽丘を離れることになった。
移る際、宗広は次のような句を詠んだ。

空蝉の 殻は何處に 朽ちぬとも
      我魂やどる かた岡ぞこれ

宗広は明治10年(1877年)5月18日に亡くなり、遺言により夕陽丘に埋葬された。
その後、陸奥家墓所跡に在住する稱念寺により宗広の句碑が建立された。

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大坂の幕末を歩く 北浜コース 11月11日

大坂の幕末を歩く 北浜コース 11月11日

11月11日、14時に大阪証券取引所五代友厚銅像前に集合(14時までに)。

2012年最後の「大坂幕末を歩く」の史跡案内を行います。案内箇所は下記のとおりです。

大阪慶応義塾跡

五代友厚座像

大坂海軍塾跡

坂本龍馬訪問の地

勝海舟・西郷吉之助 初めての会見の地

明治天皇御在所 北御堂

来年の大河ドラマゆかりの地

今年発刊した「大坂の史跡探訪 Vol.1」を販売いたします!

2012 秋 幕末の大坂を歩く! のお知らせ

2012 秋 幕末の大坂を歩く! のお知らせ

下記のとおり日程が決まり、受付が開始されました。

10月14日が早くも△になっているのに驚きです。

夕陽丘コースは、今回新ネタありです!

<夕陽丘コース>

・実施日時  10月14日(日)14:00   11月4日(日)14:00

http://www.osaka-asobo.jp/course68.html

<北浜コース>

・実施日時  11月3日(月)14:00   11月11日(日)14:00

  http://www.osaka-asobo.jp/course49.html

豊臣期の大坂を歩く 夏の陣vol.1 レポート(14)

豊臣期の大坂を歩く 夏の陣vol.1 レポート(14)

紀州藩邸跡

徳川御三家のうちの一つ紀州藩の大坂蔵屋敷があった。紀州藩蔵屋敷はこの地以外に南堀江(西区南堀江2-5 堀江中学校付近)にも設けていた。

慶応4年(1868)3月23日、大阪に到着した明治天皇は、紀州藩邸に休息された。

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西区にある紀州藩邸跡

今年のベスト3 3位 大坂の幕末を歩く

「大坂の幕末を歩く」を3コースでオーダーをあわせて10回開催しました。

毎回、私と奥野さんが新しいネタを披露し、毎回変化があるコース案内となり、ほぼ定員15名で実施する事ができました。

1.幕末 天満

 天満橋-現八軒家船着場-八軒家船着場跡石碑-三橋楼跡(大久保利通祝宴の地、木戸孝允主催囲碁の会開催地、大久保利通・木戸孝允会談の地)-坂本龍馬ゆかりに船宿堺屋源兵衛跡-新選組定宿京屋忠兵衛跡-紀州藩蔵屋敷跡--内山彦次郎暗殺の地-大阪銀座跡-高麗橋-山南敬助奮闘の地岩城升屋跡-平野屋五兵衛邸跡-大阪会議開催地花外楼-築地蟹島料亭跡(河井継之助宿泊の地竹式楼跡、清河八郎宿泊の地瓢箪屋跡)-大阪会議開催地専崎楼跡-池内大学暗殺の地-五代友厚像-北浜

詳細はこちら

2.幕末 北浜

 北浜-五代友厚像-鴻池屋邸宅跡-大阪慶應義塾跡-彦根藩蔵屋敷跡-盛岡藩蔵屋敷跡-新選組吉村貫一郎終焉の地-緒方洪庵像-適塾-愛珠幼稚園-銅座跡-除痘館跡-勤王僧月照生誕の地-勝 海舟寓居(専稱寺)跡-坂本龍馬訪問の地-大坂海軍塾跡-勝 海舟・西郷吉之助初会見の地-近藤長次郎挙式跡-楢崎龍武勇伝-北御堂-本町

詳細はこちら

案内の様子はこちら

3.幕末 夕陽丘

 松屋町-新選組ゆかりの地 ぜんざい屋事件跡-大利鼎吉終焉の地-土浦藩蔵屋敷跡-蘭医ボードウィン寓居跡-薩摩屋半兵衛墓所-坂本龍馬潜伏の地-英国公使ハリーパークス宿泊の地-アーネストサトウ宿泊の地-小松帯刀・西郷吉之助訪問の地-伊庭八郎宿泊の地-真言坂-天満八軒家船着場の常夜燈-井原西鶴像-水戸藩士川崎孫四郎自刃の地(桜田門外の大坂編)-土佐藩士(武市半平太の甥島村寿太郎ほか)墓所-源聖寺坂-新選組大坂旅宿跡-口縄坂-司馬遼太郎「燃えよ剣」舞台地-織田作之助文学碑-夕陽丘創名の地碑-陸奥宗光ほか陸奥家墓所跡-小松帯刀墓所跡-四天王寺夕陽丘

詳細はこちら

大阪南部史跡探訪Vol.2 その1

大阪南部史跡探訪Vol.2 その1

平成21年(2009)10月25日に開催した大阪龍馬会イベント「大阪南部史跡探訪Vol.2」(参加者16名)を何回かに分けてアップいたします。

1回目は

・イベントコース

・イベントに関連する勝 海舟の行動

・イベントに関連する吉田松陰の行動

をご紹介します。

「vol.2-2009-10-25-1.pdf」をダウンロード

大阪検定連携事業 大阪史跡探訪Vol.9 その12

大阪史跡探訪Vol.9 その12

平成21年(2009)3月29日、大阪龍馬会イベント「大阪史跡探訪Vol.8」(参加者34名)のわずか2週間後、

4月12日に開催した大阪検定連携事業「大阪史跡探訪Vol.9」(参加者39名)を何回かに分けてアップいたします。

12回目は

・天五に平五 十兵衛横町の碑

・平野屋五兵衛邸跡

 新選組の隊服について

・高麗橋

・公儀橋と町橋

・京街道の起点

・里程元標跡

・天神橋

・大坂西町奉行所与力 内山彦次郎暗殺の地

・紀州藩蔵屋敷跡

・明治天皇聖躅碑

・明治紀 蒸気外輪船船着場跡

をご紹介します。

詳細は下記をクリックしてください。

「vol.9(2009-4-12)-12.pdf」をダウンロード

大阪史跡探訪Vol.8 その14

大阪史跡探訪Vol.8 その14

平成21年(2009)3月29日に開催した大阪龍馬会イベント「大阪史跡探訪Vol.8」(参加者34名)を何回かに分けてアップいたします。

14回目は

・坂本龍馬ゆかりの地 土佐海援隊 大坂詰所(薩万)跡 推定地

 薩摩藩蔵屋敷周辺の水帳絵図について

 水帳について

をご紹介します。

詳細は下記をクリックしてください。

「vol.8-2009-3-29-14.pdf」をダウンロード

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