西郷吉之助

幕末:祇園・東山

幕末:祇園・東山

2015年3月29日、京阪三条駅からスタートをして、祇園・東山エリアの幕末史跡を訪ねます。定員があとわずかとなっております。ご都合の合う方はぜひ下記サイトをアクセスのうえお申し込みください。

ガイドブックに載っていない案内場所は次の場所です。

・英国公使ハリー・パークス襲撃の地

・高杉晋作寓居跡

・池田屋事件ゆかりの地 新選組集合の場所「祇園会所跡」

・芝居発祥の地

・西郷吉之助 馴染みの茶屋跡

・伊藤博文宿泊の地

・勤王僧月照寓居跡

・坂本龍馬墓所の墓守をした頃の妻 坂本龍の居住跡

・京都名所の地

・復元された彦根藩京都藩邸門(井伊美術館)

などをご案内いたします。申し込みはこちら

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坂本龍馬 宿泊の地 備前西大寺

坂本龍馬 宿泊の地 備前西大寺

慶応元年6月14日(1865年8月5日)、中岡慎太郎の日記「海西雑記」によると備前西大寺に、坂本龍馬と中岡慎太郎が宿泊したと記されています。

幕末の動乱期、禁門の変で長州藩は破れ、賊軍となります。そのとき、幕府側に加勢した薩摩藩は長州藩を一気に滅ぼす意見を西郷吉之助を中心に意見します。しかし、薩摩藩藩主の父である島津久光は、長州藩と手を結ぶべきという考えになっていて、鹿児島から西郷に自粛するよう働きかけます。西郷は、それでも長州征伐を唱えたため、鹿児島に呼び戻されます。

このような時期に、薩摩藩と長州藩以外の藩士や浪士らの志士たちが、薩長同盟を画策し奔走しました。中岡慎太郎は鹿児島に行き西郷を説得させ下関にtれてくる役目を、薩摩藩に苦い思いをさせられた長州藩に薩摩藩と手を握ることが良策であると説得する役割を坂本龍馬が担いました。

慶応元年閏5月、下関において両藩の同盟に向けた会談が持たれることとなり、桂小五郎ら長州藩側は、薩摩藩の西郷喜之助の来訪を待ちました。

しかし、急用ができ上京するという理由で、西郷は下関によらず上京し、下野出木の会談はなくなり、長州藩側は更にさつまはんに苦い思いをさせられることとなりました。そこで坂本龍馬と中岡慎太郎は再度仲介役という任務で、教頭に居る西郷を訪ねる為、下関から京に向かいます。

その途中、天候が悪く海路を断念した両者は、6月14日、西大寺(西大寺観音院)で宿泊をし、翌日には藤井宿に赴きます。

西大寺はJR岡山駅からJR西大寺駅まで赤穂線でおよそ20分のところにあり、岡山市東区に該当します。駅から徒歩15分位のところです。

寺院は立派な建物でした。

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京都の幕末を歩く Vol.1 を実施します

京都の幕末を歩く Vol.1

JASS(会員制)から今年も史跡ガイドの依頼を頂戴しました。

これまで大阪市を中心に実施してきましたが。今年は京都の史跡ガイドを行います。

京都はガイドブックも豊富ですし、参加希望者が少ない可能性があります。

そこで、募集状況が芳しくない場合、会員以外の方にも募集をしたいと思います。

私が行う以上、他のガイドさんがたったことのない案内をしたいと思っています。

日時は2014年10月5日(日)10:00~16:00(昼食付)

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幕末・西宮 実施

史跡探訪「幕末・西宮」を実施

2014年9月28日

西宮市を中心に芦屋市、尼崎市も含めて幕末ゆかりの史跡を訪れます。

申し込みはこちらから

集合場所 阪神電鉄「打出駅」神戸方面の改札口出たところ
集合時間 13時00分
案内箇所
・毛利家ゆかりの寺 長州藩本陣宿営の地(親王寺)

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阪神打出駅→阪神西宮駅 《移動》

・岩倉具視邸遺構「六英堂」(14時からの見学)

六英堂は岩倉具視邸の名称です。岩倉具視、三条実美、西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允、伊藤博文ら6人の位牌と写真を祀った事から六英堂と名づけられました。

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・長州藩本陣宿営の地(六湛寺跡)

・長州藩兵 奇兵隊宿営の地(海清寺)

・長州藩兵 整武隊宿営の地(正念寺)

・長州藩兵 第二奇兵隊宿営の地(信行寺)

・西宮砲台跡

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・今津砲台跡

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阪神甲子園駅→阪神大物駅 《移動》

・残念さん(長州藩士 山本文之助の墓)

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解散場所:阪神大物駅周辺

元治元年9月11日 勝海舟・西郷吉之助の初会談

勝海舟・西郷吉之助の初会談

元治元年、9月11日。長州問題、兵庫開港問題を問い詰めるため、薩摩藩 西郷吉之助は大坂に居る勝海舟の旅宿先である専稱寺を訪問。

勝海舟を打ちたたくつもりで臨んだ西郷は、勝海舟に頓と頭を下げ、佐久間象山亡きあと、第一の人物は勝海舟といわしめた会談の場所が大坂専稱寺です。

4月5日はこの場所を訪問します。

詳細はこちら

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大坂海軍塾跡をはじめとした北浜~本町史跡ツアーのご案内

北浜~本町史跡ツアー

2014年4月5日に北浜~本町の史跡案内を行います。

お申し込みはかきURLへ

http://www.osaka-asobo.jp/course49.html

見どころは、勝海舟の大坂旅宿だった専稱寺跡。

ここは文久3年3月1日から勝海舟が大坂の寓居先と定めました。

その日に偶然、脱藩の罪が許され京都土佐藩邸にて謹慎が解け、晴れて大坂にいる勝海舟のいる専稱寺に訪ねてきたのが坂本龍馬でした。

この年の秋、勝塾は神戸に移転しますが、依然として大坂の旅宿先が専稱寺でした。

元治元年9月11日、勝海舟をぎゃふんと言わせるために乗り込んだ大物が大島吉之助。

昨年の大河ドラマでは、舞台セットが組まれ放映されました。

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そのほか、大阪慶應義塾跡。五代友厚座像。適塾などをご案内します。

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ご都合が合えばぜひご参加ください。

「大坂の史跡探訪 vol.3」

「大坂の史跡探訪 vol.3」

今年、発刊するシリーズものの「大坂の史跡探訪 vol.3」の原稿ができました。

発刊まで大阪龍馬会の編集スタッフにより、ページの校正や写真の配置、地図などを工夫していただき、5月25日の「大阪史跡探訪Vol.16」にあわせて発刊いたします。

史跡案内箇所は下記の写真のとおりです。

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中大江・北大江エリアの史跡探訪レポート 21-2

大阪歴史散歩の会 中大江・北大江エリアの史跡探訪レポート 21-2

もう一人の勤王僧げっしょう(月照)     中央区平野町2丁目6  

勤王僧 月照生誕の地(佛光寺大坂別院跡)
安政の大獄が始まり、月照も幕府より厳しい追及を受け、同じく追われていた薩摩藩 西郷吉之助と共に京を離れ鹿児島へ逃れる。薩摩藩は月照の入国を許さず追放処分。
「これまで」と感じた月照は覚悟を決め、日向へ向かう船の上で辞世の句を詠み西郷と共に海に身を投げます。(西郷は奇跡的に蘇生)

『曇りなき心の月と薩摩潟(さつまがた)沖の波間にやがて入りぬる』

『大君のためには何かをしからむ薩摩の瀬戸に身は沈むとも 』

京都史跡ガイド 初体験

京都史跡ガイド

2013年10月27日。私のとって記念すべき日となりました。

これまで、大阪史跡探訪、神戸史跡探訪のガイドを担当したことがありますが、ご縁があり、初めて「京都史跡探訪」のガイドを体験させていただきました。

10:00~13:00の3時間。四条河原町をスタートして池田屋騒動之址地までご案内いたしました。

最初の案内地からマニアックな史跡をご案内。

土方楠佐衛門寓居跡。鳥新跡。中村半次郎寓居跡。

半次郎と村田さととの経緯を説明。

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いずれも石碑がないのが残念ですね。

そのような中で、一番時間を割いたのは坂本龍馬について。

今回の史跡探訪のレジュメは、知野文哉さんのレジュメページ数には届きませんでしたが、30ページとなりました。

そのうち坂本龍馬の案内は6ページ。

その内容を紹介したいと思います。

明日のこの時間にアップいたします。

幕末の大坂を歩く 2013 秋

幕末の大坂を歩く 2013 秋

10月より「幕末の大坂を歩く」を行います。

最初は6日(日)13時~

北浜から本町までオフィス街を歩きますが、歴史ネタが豊富にあります。ガイドブックに載っていない箇所をご案内いたします。

ご面倒ですが受付はこちらまで

大阪の歴史は京都よりも古い。

歴史のある大坂をぜひ知っていただきたく存じます。

勝海舟寓居跡=大坂海軍塾のあった場所が最大の案内箇所だと思います。文久3年3月1日、海舟が専稱寺というお寺を大坂の宿所と定めた日に坂本龍馬が専稱寺を訪れました。

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