長州藩関連

幕末:祇園・東山

幕末:祇園・東山

2015年3月29日、京阪三条駅からスタートをして、祇園・東山エリアの幕末史跡を訪ねます。定員があとわずかとなっております。ご都合の合う方はぜひ下記サイトをアクセスのうえお申し込みください。

ガイドブックに載っていない案内場所は次の場所です。

・英国公使ハリー・パークス襲撃の地

・高杉晋作寓居跡

・池田屋事件ゆかりの地 新選組集合の場所「祇園会所跡」

・芝居発祥の地

・西郷吉之助 馴染みの茶屋跡

・伊藤博文宿泊の地

・勤王僧月照寓居跡

・坂本龍馬墓所の墓守をした頃の妻 坂本龍の居住跡

・京都名所の地

・復元された彦根藩京都藩邸門(井伊美術館)

などをご案内いたします。申し込みはこちら

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京都の幕末を歩く Vol.1 を実施します

京都の幕末を歩く Vol.1

JASS(会員制)から今年も史跡ガイドの依頼を頂戴しました。

これまで大阪市を中心に実施してきましたが。今年は京都の史跡ガイドを行います。

京都はガイドブックも豊富ですし、参加希望者が少ない可能性があります。

そこで、募集状況が芳しくない場合、会員以外の方にも募集をしたいと思います。

私が行う以上、他のガイドさんがたったことのない案内をしたいと思っています。

日時は2014年10月5日(日)10:00~16:00(昼食付)

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幕末・西宮 実施

史跡探訪「幕末・西宮」を実施

2014年9月28日

西宮市を中心に芦屋市、尼崎市も含めて幕末ゆかりの史跡を訪れます。

申し込みはこちらから

集合場所 阪神電鉄「打出駅」神戸方面の改札口出たところ
集合時間 13時00分
案内箇所
・毛利家ゆかりの寺 長州藩本陣宿営の地(親王寺)

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阪神打出駅→阪神西宮駅 《移動》

・岩倉具視邸遺構「六英堂」(14時からの見学)

六英堂は岩倉具視邸の名称です。岩倉具視、三条実美、西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允、伊藤博文ら6人の位牌と写真を祀った事から六英堂と名づけられました。

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・長州藩本陣宿営の地(六湛寺跡)

・長州藩兵 奇兵隊宿営の地(海清寺)

・長州藩兵 整武隊宿営の地(正念寺)

・長州藩兵 第二奇兵隊宿営の地(信行寺)

・西宮砲台跡

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・今津砲台跡

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阪神甲子園駅→阪神大物駅 《移動》

・残念さん(長州藩士 山本文之助の墓)

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解散場所:阪神大物駅周辺

「大坂の幕末を歩く 3」~夕陽丘周辺Vol.2~ 20

「大坂の幕末を歩く 3」~夕陽丘周辺Vol.2~ 20

舊山口藩殉難諸士招魂之碑/大江護国神社        

                                   天王寺区夕陽丘町5

元治元年(1864)7月18日「蛤御門の変」が起こり、敗戦した長州藩兵 宍戸久之進ら62名の兵士たちは伏見から舟で淀川を下り逃げた。
大坂の桜宮付近で高松藩に捕えられ、千日前刑場の獄舎へ投獄された。
幕府による極めて残酷な扱いを受け、半年以内に刑死者6名、牢死者39名を数え、一説には一人ずつ毒殺したともいわれている。
亡くなった45名の死骸は、犬猫同様無造作に刑場片隅に埋められた。
明治期に入り、賊として扱われたこの長州兵士らは、勤王の志士として評価される。
明治2年(1869)夏、夕陽丘にある大江神社一角に招魂社を建て慰霊・顕彰が行われた。同じく蛤御門の変で敗走中、尼崎で捕えられ、自刃した山本文之進と薩摩藩御用船を焼き討ちした事件で、大坂南御堂前で切腹した水井精一、山本誠一郎の3名と千日前でなくなった45名の計48名が祀られることとなった。
その後、千日前で眠っていた45名の遺骨を掘り起こし、前記3名とともに阿倍野墓地に改葬された。
「舊山口藩殉難諸士招魂之碑」は、明治23年(1890)11月に建立され、裏面に48名の名が5段にわたり記載されている。

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<残念さん(山本文之助)と無念柳>
元治元年(1864)7月19日に勃発した「禁門の変」で長州藩は大敗し、参戦していた長州藩士 山本文之助は京都を脱出し、西国街道を通って西へ水路を使い敗走した。
尼崎藩は幕府の親藩にあたりながらも尊王派であったため、尼崎藩領にある大物北ノ口で上陸。しかし、山本は期待に反して尼崎藩に捕えられ投獄された。
山本は裏切られた思いで「残念、残念」を繰り返し、その日のうちに自害。
元治元年7月20日、山本文之助 享年29歳だった。
翌年の元治2年(1865)2月(※同年の4月8日から慶応元年に変更)頃から山本文之助の墓が「残念さん」と呼ばれるようになり、大坂の町人に信仰が深まった。
参拝し願いをかけると叶えられるという噂が広まる。それも同年の5月にはピークになり、大坂から尼崎の道には参列者の列が続いたそうである。
長州征伐のため将軍(第14代将軍 徳川家茂)自ら大坂城に入城する予定になっていたため、幕府は5月17日以降残念さん参りを禁じた。
大坂町人平野屋武兵衛の書いた諸記録のうち「日加栄」の慶応元年5月16日に次のような記載がある。

五月一六日、未明より尼ヶ崎町家之墓所ニ、昨年京都より長州江之落武者、尼ヶ崎入口ニて横死の霊魂残り、いつとなく此墓所江立願すれバ、病氣にかきらず、残念なることさへ立願すれバ、願成就のよしにて、諸方より大くんじゅのよし、珍ら敷、忰駿七召連見物に参り候處、野里の渡しにて早くも日光御上りに、最早六拾人の余も渡り候よし、渡し守の咄しに、朝五ツ時よりハ所より番人出候よし、始め青竹にて誠にていねひきれいにかきいたし、土墓にいたし有之候へとも、あまり多人数参詣にて、かきを取のけ、セいし候へとも、中ゝ左様いたすほどさかんに相成り、塚もなく、少々おぼひ候上、土砂の高ふに相成候土砂を持帰り、
(途中省略)
長州の横死の人の名前わかり不申候、年比ハ弐拾三四才位のよし  
(途中省略)
人こぞりて、残念様 唱へて立願のよし、
(以下省略)

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<無念柳参り>
残念さん参りが禁じられても、大坂町人は次の手を考えた。いずれも幕府に対する反感からくるものである。
慶応元年(1865)5月25日に将軍徳川家茂が大坂城に入城。その日の夜から禁門の変直後に取り壊された長州藩大坂蔵屋敷跡にある柳の木が信仰の対象となり、「無念柳」と呼ばれるようになった。
柳の葉を煎じて飲むとどんな病でも治ると広まったのである。しかし、残念さんと同様に、すぐに幕府から禁止令が出された。
この柳の木は、昭和期まで残っていた。

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阿倍野墓地にも長州藩士48人の墓がある。

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中大江・北大江エリアの史跡探訪レポート 21

大阪歴史散歩の会 中大江・北大江エリアの史跡探訪レポート 21

勤王僧 月性(げっしょう)寓居跡    中央区島町2-2-19(長光寺)


長光寺の前に「維新史蹟 贈正四位 僧月性 龍護遺跡 長光寺」と記載の石碑が建っている。
月性は文化4年(1817)周防国玖珂郡遠崎にある浄土真宗西本願寺派の光福寺で、僧侶の子として生まれた。早くから京都で僧侶の勉強を始め、そのほか江戸・大坂・長崎など遊学した。25歳に西洋文明に目覚め、自分の活躍の場を京・大坂と決め、叔父にあたる長光寺の住職 龍護を頼って来坂した。
長光寺は八軒家船着場から近く、当時は四階建ての庫裡を有する大きな寺だった。
龍護の紹介と思われるが、来坂後すぐに梅花社を開塾していた篠崎小竹に入門します。
月性が長光寺に居たのはわずか3ヶ月間で、難波橋の南詰にある書店 河内屋吉兵衛方へ転居した。
その後月性は、攘夷論を唱え、海防論を編纂し長州藩福原越後に上申して評価されています。それが縁で、吉田松陰とも親交を重ねることとなった。
在坂中に著した「仏法護国論」が西本願寺第20代法主 広如上人に認められ、京都での逗留が許され、在京の梅田雲浜、梁川星巌らと尊王攘夷運動に奔走した。
安政の大獄以降、郷里の周防に潜伏するが過労のため病死した。月性の果たせなかったことを長州の桂 小五郎、久坂玄瑞、高杉晋作らに引き継がれていった。
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京都史跡ガイド 初体験

京都史跡ガイド

2013年10月27日。私のとって記念すべき日となりました。

これまで、大阪史跡探訪、神戸史跡探訪のガイドを担当したことがありますが、ご縁があり、初めて「京都史跡探訪」のガイドを体験させていただきました。

10:00~13:00の3時間。四条河原町をスタートして池田屋騒動之址地までご案内いたしました。

最初の案内地からマニアックな史跡をご案内。

土方楠佐衛門寓居跡。鳥新跡。中村半次郎寓居跡。

半次郎と村田さととの経緯を説明。

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いずれも石碑がないのが残念ですね。

そのような中で、一番時間を割いたのは坂本龍馬について。

今回の史跡探訪のレジュメは、知野文哉さんのレジュメページ数には届きませんでしたが、30ページとなりました。

そのうち坂本龍馬の案内は6ページ。

その内容を紹介したいと思います。

明日のこの時間にアップいたします。

11月24日 大坂史跡探訪 ~緒方洪庵ゆかりの地~

大坂史跡探訪 ~緒方洪庵ゆかりの地~

11月24日(土)14時から史跡案内を行います。

テーマは緒方洪庵。

初めての試みですが、船場は商売の町であり学問の町でもありました。

淀屋橋~北浜にかけて緒方洪庵を主に史跡ガイドを行います。

これまでは茶谷さん、陸奥さんがガイドをされていましたが、今年は私が担当することになりました。私が担当する以上「osayan」のカラーを出したいと思います。

これまで紹介されていないスポットも紹介したいと思います。

応募はこちらから

大坂の幕末を歩く 北浜コース 11月11日

大坂の幕末を歩く 北浜コース 11月11日

11月11日、14時に大阪証券取引所五代友厚銅像前に集合(14時までに)。

2012年最後の「大坂幕末を歩く」の史跡案内を行います。案内箇所は下記のとおりです。

大阪慶応義塾跡

五代友厚座像

大坂海軍塾跡

坂本龍馬訪問の地

勝海舟・西郷吉之助 初めての会見の地

明治天皇御在所 北御堂

来年の大河ドラマゆかりの地

今年発刊した「大坂の史跡探訪 Vol.1」を販売いたします!

大村益次郎終焉の地 / 豊臣期の大坂を歩く 夏の陣vol.Ⅲ レポート(5)

豊臣期の大坂を歩く 夏の陣vol.Ⅲ レポート(5)

大村益次郎終焉の地 

 大村益次郎は、文政7年(1824)、周防国吉敷郡鋳銭司村字大村にて医者 村田孝益の子として生まれた。弘化3年(1846)、23歳の時、大坂に出てきて、緒方洪庵の適塾に入門。入門後、成長著しく、3年後には塾頭を務めた。
 塾頭になったその年に、橋本左内、杉 亨二が入門している。
 27歳で塾を辞め、帰郷し医業を開業。
 その後、才能を買われて宇和島藩に招かれ、藩主 伊達宗城より蒸気船の建造を命じられ、それを実現させた。
 安政3年(1856)、幕府から招かれ蕃書調所(洋書を翻訳する役所)に出仕し、併せて講武所(幕府の学校)の教授を務めた。
 2年後、長州藩 桂小五郎の薦めにより長州藩の藩校教授となる。幕府による第二次長州征伐の時は、参謀として指揮を取り、勝利に導いた。新政府樹立後は、大参謀 薩摩藩 西郷吉之助の下で軍監兼参謀を務め、上野の彰義隊との戦いの総指揮を命じられ、僅か1日で終わらせた。
 明治元年(1868)、維新に散った人たちを祀る招魂社(現在の靖国神社)を九段に創建する。
 明治2年9月4日、京都の三条木屋町の定宿にいるところを刺客に襲われ、瀕死の重傷を負った。大阪病院(浪華仮病院)に治療のため運ばれる。敗血症を併発し、右足の切断手術を受けたが、その甲斐なく同年11月5日、46歳で永眠。
 墓は故郷の鋳銭司村にあるが、切断した右足は、大村益次郎の遺志により、師である緒方洪庵の墓がある龍海寺に、洪庵の墓の横に埋められた。

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今年のベスト3 3位 大坂の幕末を歩く

「大坂の幕末を歩く」を3コースでオーダーをあわせて10回開催しました。

毎回、私と奥野さんが新しいネタを披露し、毎回変化があるコース案内となり、ほぼ定員15名で実施する事ができました。

1.幕末 天満

 天満橋-現八軒家船着場-八軒家船着場跡石碑-三橋楼跡(大久保利通祝宴の地、木戸孝允主催囲碁の会開催地、大久保利通・木戸孝允会談の地)-坂本龍馬ゆかりに船宿堺屋源兵衛跡-新選組定宿京屋忠兵衛跡-紀州藩蔵屋敷跡--内山彦次郎暗殺の地-大阪銀座跡-高麗橋-山南敬助奮闘の地岩城升屋跡-平野屋五兵衛邸跡-大阪会議開催地花外楼-築地蟹島料亭跡(河井継之助宿泊の地竹式楼跡、清河八郎宿泊の地瓢箪屋跡)-大阪会議開催地専崎楼跡-池内大学暗殺の地-五代友厚像-北浜

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2.幕末 北浜

 北浜-五代友厚像-鴻池屋邸宅跡-大阪慶應義塾跡-彦根藩蔵屋敷跡-盛岡藩蔵屋敷跡-新選組吉村貫一郎終焉の地-緒方洪庵像-適塾-愛珠幼稚園-銅座跡-除痘館跡-勤王僧月照生誕の地-勝 海舟寓居(専稱寺)跡-坂本龍馬訪問の地-大坂海軍塾跡-勝 海舟・西郷吉之助初会見の地-近藤長次郎挙式跡-楢崎龍武勇伝-北御堂-本町

詳細はこちら

案内の様子はこちら

3.幕末 夕陽丘

 松屋町-新選組ゆかりの地 ぜんざい屋事件跡-大利鼎吉終焉の地-土浦藩蔵屋敷跡-蘭医ボードウィン寓居跡-薩摩屋半兵衛墓所-坂本龍馬潜伏の地-英国公使ハリーパークス宿泊の地-アーネストサトウ宿泊の地-小松帯刀・西郷吉之助訪問の地-伊庭八郎宿泊の地-真言坂-天満八軒家船着場の常夜燈-井原西鶴像-水戸藩士川崎孫四郎自刃の地(桜田門外の大坂編)-土佐藩士(武市半平太の甥島村寿太郎ほか)墓所-源聖寺坂-新選組大坂旅宿跡-口縄坂-司馬遼太郎「燃えよ剣」舞台地-織田作之助文学碑-夕陽丘創名の地碑-陸奥宗光ほか陸奥家墓所跡-小松帯刀墓所跡-四天王寺夕陽丘

詳細はこちら

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