薩摩藩関連

大阪城について 1

1. 大阪城公園駅                      中央区大阪城3-3

大坂城築城400年祭り開催に合わせて、昭和58年(1983)10月1日、JR(当時は国鉄)大阪環状線の森ノ宮駅と京橋駅の間に大阪城公園駅が開業した。
大阪環状線では唯一この駅のみが地平駅となっている(天王寺駅は上町台地の掘割部分にホームがあるため厳密には地平駅とはいえない)。
昭和7年に桃谷駅と猫間信号場間が高架化されているが、大阪砲兵工廠(現在の大阪城公園東部、大阪ビジネスパーク、吹田総合車両所森ノ宮支所など)の付近には線路を横断する道路はなく、砲兵工廠へ入る側線(廠内鉄道)との兼ね合いもあって高架化されなかった。なお、高架化されなかった理由に防諜説があるが、砲兵工廠の南端に開業した森ノ宮駅が開業当初から高架駅であることや、昭和17年9月に防諜の観点から大坂城内への一般の立入が禁止されるまで、大坂城天守から工廠内が丸見えであったことを考えると、防諜説はやや無理が生じると考えられる。

幕末:祇園・東山

幕末:祇園・東山

2015年3月29日、京阪三条駅からスタートをして、祇園・東山エリアの幕末史跡を訪ねます。定員があとわずかとなっております。ご都合の合う方はぜひ下記サイトをアクセスのうえお申し込みください。

ガイドブックに載っていない案内場所は次の場所です。

・英国公使ハリー・パークス襲撃の地

・高杉晋作寓居跡

・池田屋事件ゆかりの地 新選組集合の場所「祇園会所跡」

・芝居発祥の地

・西郷吉之助 馴染みの茶屋跡

・伊藤博文宿泊の地

・勤王僧月照寓居跡

・坂本龍馬墓所の墓守をした頃の妻 坂本龍の居住跡

・京都名所の地

・復元された彦根藩京都藩邸門(井伊美術館)

などをご案内いたします。申し込みはこちら

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京都の幕末を歩く Vol.1 を実施します

京都の幕末を歩く Vol.1

JASS(会員制)から今年も史跡ガイドの依頼を頂戴しました。

これまで大阪市を中心に実施してきましたが。今年は京都の史跡ガイドを行います。

京都はガイドブックも豊富ですし、参加希望者が少ない可能性があります。

そこで、募集状況が芳しくない場合、会員以外の方にも募集をしたいと思います。

私が行う以上、他のガイドさんがたったことのない案内をしたいと思っています。

日時は2014年10月5日(日)10:00~16:00(昼食付)

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幕末・大坂の龍馬② 西区

幕末・大坂の龍馬② 西区

大坂の龍馬史跡探訪を行います。

実施日 2014年11月15日(土)
集合場所 南海電気鉄道「粉浜駅」改札口出たところ
集合時間 13時00分
案内箇所
・土佐藩住吉陣屋跡・弾薬製造所跡

・土佐藩住吉陣屋遺構の石垣(生根神社)

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・赤穂義士(大石内蔵助他)の墓(一運寺)

・坂本龍馬宿泊の地「三文字屋」跡

・住吉陣屋ゆかりの興善寺跡・薩摩藩祖 島津忠久誕生の地(誕生石)

・土佐藩住吉陣屋撤去時献納の常夜燈

 
南海電鉄住吉大社駅→南海電鉄なんば駅→大阪市地下鉄御堂筋線なんば駅→大阪市地下鉄御堂筋線本町駅 《移動》

・北御堂・近藤長次郎挙式(大和屋弥七邸)跡

・坂本お龍 独身時代の武勇伝

・勝海舟寓居(専称寺、大坂海軍塾)跡

・船宿 河内屋与次兵衛跡

・坂本龍馬訪問の地 大坂西町奉行所跡

・五代友厚像・土居通夫像

・大村益次郎寓居(漏月庵)跡

・新選組定宿京屋忠兵衛跡

・船宿堺屋源兵衛跡・八軒家常夜燈

解散場所:京阪電鉄、大阪市地下鉄天満橋駅

住吉楼はどこ?

大阪史跡探訪Vol.15  住吉楼跡近辺

今回のコースは、堂島(江戸期は島だった)がコースの中に入っており、蜆川などを紹介。

幕末のエピソードと言えば、壬生浪士による「大坂力士騒動」。

住吉楼周辺が第3回戦、蜆橋跡付近が第2回戦、佐賀藩蔵屋敷前の鍋島河岸が第1回戦でした。

薩摩藩士による5人斬りの事件が芝居になりましたが、江戸期がもう少し延命していたならば、壬生浪士と大坂力士による騒動も芝居になっていたかもしれません。

もちろん、大河ドラマ「新選組!」ではしっかりと描かれていました。

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海上王 濱﨑太平次

海上王 濱﨑太平次

平成21年(2009)3月29日、大阪史跡探訪Vol.8(大阪検定連携事業)を実施した際、有名でありながら現在においては忘れられている人物が、大坂にかかわりがあった事を紹介いたしました。

「vol.8 コース.pdf」をダウンロード

昨年、「太平次の旅立ち」という映画が上映されましたが、ついに観る機会がありませんでした。

私が大阪龍馬会の会報「龍馬速報」の第127号で執筆した内容をアップいたします。

薩摩藩御用商人 濱﨑太平次墓所跡  (竹林寺)
大阪市西区本田1-9-3 

鹿児島県にある指宿市において「指宿まるごと博物館構想推進実行委員会」が発足され、2012年秋から制作を進めていた、薩摩藩の財政立て直しに貢献した指宿出身の海運商・濱﨑太平次を紹介する映画「太平次旅立ち」を完成させました。

2013年8月より上映されました。
濱﨑太平次は、薩摩の指宿で商売を行い、屋号を「ヤマキ」と呼ぶ船問屋で、日本の豪商、年商ベストテンに入るぐらいの豪商でした。

当時財政難だった薩摩藩は、藩の家老に調所広郷を起用し、財政再建を命じました。
調所は濱﨑太平次(八代目)を鹿児島に呼び、薩摩藩御用商人に任命し、唐物の密輸入や琉球・奄美の砂糖を大坂方面に売りさばき、膨大な利益を上げることに成功しました。
濱﨑太平次の店「ヤマキ」は、藩の財政に貢献しながら店の事業拡大を図り、持ち船が34隻以上を保有いたしました。

店が繁盛し、函館、琉球、長崎、大坂、薩摩の甑島、鹿児島、指宿港に店を構えました。

書物「海上王 濱﨑太平次傳」によると、大阪市西区立売堀北通6丁目(現在は西区立売堀6-5-6、立売堀6-6-15~17、立売堀5-8-25・27周辺)に店を構えていました。大坂店には肥後孫左衛門を支配人として起用しました。
また、「濱﨑太平次翁之略伝」には、店の所在地は、同じことが書かれていますが、更に、立売堀川と木津川の交差点のあたりに店を構え、「薩摩藩邸」すぐ隣に居を構えたと記されています。

この薩摩藩邸は、薩摩藩蔵屋敷の下屋敷(西区新町4-12-19)に該当いたします。
文久3年(1863)、濱﨑太平次は用務で大坂の店に来ましたが滞在中に病で倒れました。
薩摩藩士 小松帯刀の働きかけで孝明天皇の耳に入り、天皇の侍医を派遣させ治療に当たりましたが、その甲斐もなく、同年6月15日、50歳で亡くなりました。
遺骸は荼毘にふされ、近くにあった竹林寺に密葬されました。
その1ヵ月後、従兄弟の清八郎も大坂で亡くなっています。

清八郎の曾孫にあたる、俳優の浜畑賢吉氏は、自身の祖父から「太平次と清八郎は暗殺されたと思う」と聞かされたようです。

その後、遺骨は指宿に送られ現在の墓所に永眠。その場所からおよそ六百メートルの地に太平次公園があり、八代目の濱﨑太平次の銅像が建立されています。

竹林寺は、江戸期に十二回に及ぶ朝鮮通信使のゆかりの寺でも有名である。十一回目の通信使で客死した 金 漢重(キム ハンジュン)、崔 天宗(チェ チョンジョン)の墓(韓人墳)がある。

「大坂の幕末を歩く 3」~夕陽丘周辺Vol.2~ 25

「大坂の幕末を歩く 3」~夕陽丘周辺Vol.2~ 25

水戸藩士 高橋多一郎・庄左衛門墓所/四天王寺
     

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水戸藩士 高橋多一郎は、安政の大獄で藩主 徳川斉昭が蟄居を命じられた際、勅諚を大老 井伊直弼へ強硬に返納を要求したといわれる。
井伊大老による強圧な政治が始まってから、江戸で井伊大老を倒し、大坂で挙兵し、天朝を奉じて幕政改革を行おうとする計画が立てられた。高橋多一郎らは大坂でその準備をすすめた。
安政7年(1860)3月3日、江戸桜田門外にて井伊大老が水戸・薩摩の浪士により暗殺され計画は成功した。
一方、大坂では薩摩藩が呼応せず、20日後、(元号が3月18日に変わる)万延元年(1860)3月23日、計画が幕吏の知るところとなり、生國魂神社前にあった島 男也宅で会合をしているところを高橋らは取り囲まれてしまう。
密儀に参加していた水戸藩士 川崎孫四郎は自刃。水戸藩の支藩である笠間藩士 島 男也(おのや)は捕獲される。
高橋多一郎とその子庄左衛門は、幕吏に囲まれながらも堂々と四天王寺まで歩いた。
しかし、覚悟を決め、四天王寺門前の茶店「春日屋」にて短刀を腹に突き立てた。
驚いた店主は、立ち退きを要求したため、短刀を突き刺したまま更に歩き出した。
四天王寺門内に入り、大黒堂の寺侍 小川欣司兵衛宅の玄関に立ち、事情を話し、切腹する場の提供を要求し受け入れられた。
父子はここで自刃し、次の辞世の句を腹から流れる血で、かたわらの襖に書いたそうである。

2010年(平成22)に「桜田門外の変」という映画のロードショーがあったが、大坂での計画が露見され、幕吏に追われる場面があった。

下記写真は高橋多一郎・庄左衛門父子の逃亡するシーン。

高橋多一郎は生瀬勝久氏が演じた。

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JASS秋のイベント 大坂の幕末を歩くシリーズ3 

JASS秋のイベント 大坂の幕末を歩くシリーズ3

夕陽丘周辺

JASS主催の秋のイベントに夕陽丘をご案内いたします。

JASS会員の皆様へのご案内が主となりますが、定員に余裕があるため、一般の方も参加できます。

ご都合の合う方は下記の日時に集合場所へお越しください。

地下鉄谷町線四天王寺夕陽丘駅 北西改札出て2番出口上がったところに13時集合です。
参加費は2000円です。
行程は次の通りです。

・陸奥宗光の父 伊達宗広隠居(自在庵)跡/稱念寺 

・夕陽岡阡表(せんぴょう)(陸奥宗光 先考 伊達宗広を弔う碑)/稱念寺 

・陸奥宗光及び陸奥家墓所跡(稱念寺) 

・陸奥宗光 最初の妻 蓮子の墓碑(稱念寺) 

・原敬 陸奥宗光に追慕の意を表す碑(稱念寺) 

・陸奥家墓所に常夜燈の寄贈したおもな人物 岡崎邦輔、鍋島桂次郎、竹越与三郎、星 亨、アーネスト・サトウ 

・薩摩藩家老 小松帯刀墓所跡 

・加賀藩大坂蔵屋敷ゆかりの石鳥居(太平寺) 

・小説「燃えよ剣」ゆかりの地 料亭 西照庵(さいしょうあん)跡 

・赤穂藩主 浅野内匠頭長矩墓所/吉祥寺 

・赤穂義士四十七士墓所/吉祥寺 

・大石内蔵助良雄像と赤穂義士四十七士像/吉祥寺 

・<兵庫県加東市にある赤穂義士の墓/観音寺 加東市家原(いえはら)14-4>  

・戦国武将 蜂須賀小六(正勝)顕彰之碑/吉祥寺 

・幕末期 関白太政大臣 二條斉敬邸 遺構/鳳林寺 

・上島鬼貫墓所/鳳林寺 

・赤松家の墓所/鳳林寺 

・大坂城代米倉丹後守種継父子墓碑/鳳林寺 

・米倉丹後守昌尹墓碑/鳳林寺 

・安部摂津守信勝墓碑/鳳林寺 

・松本重太郎墓所/鳳林寺 

・柴田勝家・お市供養墓碑/天鷲寺 

・愛染かつら/勝鬘院  

・多宝塔/勝鬘院 

・愛染坂 

・舊山口藩殉難諸士招魂之碑/大江護国神社 

<残念さん(山本文之助)と無念柳> 

<長州藩士切腹の地(東本願寺難波別院=南御堂)> 

・料亭 浮瀬(うかむせ)跡 

・蕉蕪園(しょうぶえん)  

・大江岸水記念碑 

・天王寺七名水 金 龍 水  

・天王寺七坂 清 水 坂  

・天王寺七名水 有栖の清水(土州御用水)跡  

<土佐藩専用の浴室 三橋楼>
・清 水 寺  

・天王寺七名水 増井の清水(増井弁財天)  

・天王寺七坂 天 神 坂 

・真田幸村戦死地跡(安居神社)  

<大坂冬の陣ゆかりの地 真田丸(真田の出丸)跡/真田山 心眼寺> 

<真田丸(真田の出丸)跡> 

・安井の清水(癇鎮めの井戸) 

・天王寺七坂 逢坂  

・大坂夏の陣 徳川家康陣所跡/一心寺   

・本多忠朝(ただとも)墓所/一心寺  

・明治戊辰戦役 会津藩士墓所/一心寺   

・明治戊辰戦役 東軍戦死者招魂碑/一心寺  

・水戸藩士 高橋多一郎・庄左衛門墓所/四天王寺  

・乾 十郎君之碑/四天王寺

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「大坂の幕末を歩く 3」~夕陽丘周辺Vol.2~ 8

「大坂の幕末を歩く 3」~夕陽丘周辺Vol.2~ 8

 薩摩藩家老 小松帯刀墓所跡    天王寺区夕陽丘町5-14

地名を「夕日岡」と創名した伊達宗広(陸奥宗光の父)が、「自在庵」に在住中、維新の功労者 薩摩藩元家老の小松帯刀が、明治3年(1870)大阪で病死し、夕陽丘に埋葬された。
【明治維新の國士小松帯刀の碣(いしぶみ)も此處(ここ)にあった】と田中吉太郎著「夕陽丘の回顧」に記載があり、伊達宗広の敷地一角に小松帯刀と帯刀の側室 琴 仙子(ことせんこ)の墓があった。

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両者の墓は明治9年(1876)10月3日、鹿児島県吉利村園林寺にある小松家墓地に改葬された。
小松帯刀は明治に入り、徴士参与と外国事務局判事に任命され、主に外交を主として新政府に出仕したが、従来の過労で体調が芳しくなかった。
明治2年(1869)7月、大阪にて蘭医ボードウィンの治療を受けた。
明治天皇は2度にわたり、小松に菓子・肴の見舞い品を贈り、病気全快次第に東京在住するよう示達されている。
昨今、脚気により病死したと思われていたが、死因は結核である可能性が高いといわれている。
息を引き取ったのは、小松家では代々「大阪病院・医学校」と伝わっているが、歴史作家・研究家の桐野作人氏による「さつま人国誌 幕末・明治編2」では、大阪大宝寺町にあった側室 琴 仙子の家と紹介されている。小松の同友だった「五代友厚秘史」が出典。
正室 近(ちか)や五代友厚などの薩摩藩関係者に看取られて静かに永眠した。(明治3年7月19日深夜1時頃)
小松の葬儀は21日、神葬祭で行われた。費用は800両かかった。
同年12月13日。小松の墓参りのため、大久保利通と五代友厚がここを訪れている。

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中大江・北大江エリアの史跡探訪レポート 21-2

大阪歴史散歩の会 中大江・北大江エリアの史跡探訪レポート 21-2

もう一人の勤王僧げっしょう(月照)     中央区平野町2丁目6  

勤王僧 月照生誕の地(佛光寺大坂別院跡)
安政の大獄が始まり、月照も幕府より厳しい追及を受け、同じく追われていた薩摩藩 西郷吉之助と共に京を離れ鹿児島へ逃れる。薩摩藩は月照の入国を許さず追放処分。
「これまで」と感じた月照は覚悟を決め、日向へ向かう船の上で辞世の句を詠み西郷と共に海に身を投げます。(西郷は奇跡的に蘇生)

『曇りなき心の月と薩摩潟(さつまがた)沖の波間にやがて入りぬる』

『大君のためには何かをしからむ薩摩の瀬戸に身は沈むとも 』

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