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「大坂の幕末を歩く 3」~夕陽丘周辺Vol.2~ 21

「大坂の幕末を歩く 3」~夕陽丘周辺Vol.2~ 21

料亭 浮瀬(うかむせ)跡   

          天王寺区伶人町1-6(大阪星光学院内)

「浮瀬」は、「西照庵」と並び江戸時代の大坂を代表する料亭だった。
明治20年(1887)頃まで店があった。大阪星光学院の西南隅に該当する。
2階建てだった「浮瀬」の座敷からは、瀬戸内海の往き交う船の白帆や、淡路島などが眺望できた。松尾芭蕉、与謝蕪村、滝沢馬琴などがここを訪れている。
「浮瀬」という名称は、この楼にあった杯の銘「浮瀬」に因んだものである。
7合半の酒が入るアワビの貝殻でできた巨大な大杯「浮瀬」に酒を満たして、それを飲み干した人は、「暢酣帳(ちょうかんちょう)」という名簿に記帳された。

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・蕉蕪園(しょうぶえん)               (大阪星光学院内)
<大阪星光学院内にある史跡>
現在、大阪星光学院がある西南隅には、江戸期に料亭「浮瀬」があり、近松門左衛門、松尾芭蕉、与謝蕪村、滝沢馬琴、十返舎一九など著名人が訪れた。
料亭「浮瀬」はいくつかの浄瑠璃や物語に登場するほどの有名な店だった。
これを記念して「大阪星光学院」では松尾芭蕉を中心とする句碑を整備し、「蕉蕪園」とした。見学は可能であるが、大阪星光学院に事前予約が必要である。

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・大江岸水記念碑                 (大阪星光学院内)
「蕉蕪園」と同様に大阪星光学院内にある史跡。
「大江岸水」は、明治24年(1891)、山本佐兵衛が開削した井戸で、茶の湯、酒の元水、ラムネ用水などに使用され評判があった。
現在では、上水道の普及で井戸の活用がほとんどなくなってしまった。
ここにある石碑の石は井戸に使用していた石で造られている。

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