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「大坂の幕末を歩く 3」~夕陽丘周辺Vol.2~ 18

「大坂の幕末を歩く 3」~夕陽丘周辺Vol.2~ 18

松本重太郎墓所/鳳林寺
                              天王寺区六万体町2-10


松本重太郎は、京都府丹後半島間人(たいざ)の出身。
京都・大坂の呉服問屋に奉公後、24歳で独立し明治元年(1868)、今橋に洋反物雑貨店「丹重」を創業した。明治10年におこった西南の役で巨利を得、高麗橋に第百三十銀行を創立する。
明治18年、日本最初の私鉄である阪堺電鉄(後の南海電鉄)を設立し初代社長となる。
その他大阪紡績(現東洋紡績)・大阪麦酒(現アサヒビール)・山陽鉄道(現JR西日本)・(日本火災保険(現 日本興亜損害保険))等多くの企業の設立・経営に参画し、明治期大阪財界の重鎮として、日本の近代産業興起に多大な役割を果たした。
またミナミの宗右衛門の料亭「大和屋」の良き庇護者としても知られ、城山三郎の伝記小説「気張る男」のモデルである。
 大阪企業家ミュージアム(大阪市中央区本町1ー4ー5 大阪産業創造館B1)が発行するガイドブックは大阪で活躍した実業界105人を紹介しているが、松本重太郎は、TOPの五代友厚の次に紹介されている。

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