中大江・北大江エリアの史跡探訪
大阪歴史散歩の会 中大江・北大江エリアの史跡探訪レポート 1
2013年10月19日、地下鉄堺筋本町駅、9時30分集合。
今日も35人の参加者がいらっしゃるというからびっくりです。
お話をいただいたのは6月。今までガイドをしたことがないエリアも少しあり、一から勉強でした。
大坂商工会議所の道迎えにある宇野薬局や大手湯(銭湯)、日限地蔵、釣鐘邸跡などを加えたコースのリクエストでした。
9時30分過ぎに出発のご挨拶。
まずは最初の案内場所である「曲淵地蔵尊」。
東横堀川が南北に流れていますが、農人橋と本町橋の間だけ、南東に曲がっています。そこに川に向いた地蔵尊が「曲淵地蔵尊」。
曲渕地蔵尊 中央区南本町1-2
豊臣秀吉が大坂城の外堀として人工の川を開削したころ、浄国寺を避け、川筋を曲げたため、俗称「曲がり」が発生した。
江戸期には東横堀川として再利用。現在と違い、川の流れが急なため、この「曲がり」により流水は岸に当たり渦を生じた。
そのため、入水自殺をする人が絶えなかったといわれる。そのため水難除けの地蔵尊を祀り供養したのが始まりといわれる。
宮本又(また)次(じ)著「船場(風土記大阪)」(ミネルヴァ書房)によりますと、文政13年(1830)船場上町方面の大火後、復興工事の景気に乗じ、「まがり」を中心に遊女が多く出現した(明治40年ころより衰退)。また、この付近では「手拭染屋」が多く存在した。染手拭が風になびく特異な風景が見られた。
« 外山脩造 | トップページ | 中大江・北大江エリアの史跡探訪 2 »
「大坂の史跡紹介」カテゴリの記事
- 川口居留地跡(2017.12.25)
- 2016 春の史跡探訪 その1(2016.03.15)
- 大阪砲兵工廠と大阪城ホール(2015.10.21)
- 大坂の史跡探訪 Vol.4 大坂城(2015.07.15)
- 大阪城について 2(2015.06.06)
「大坂ゆかりの地」カテゴリの記事
- 川口居留地跡(2017.12.25)
- 大阪城について 2(2015.06.06)
- 吉本興業発祥の地(2015.02.24)
- 幕末:夕陽丘Vol.2(2014.11.17)
- 現存する豊臣期大坂城石垣を見学できるツアーのご案内(2014.01.22)
「e-よこ会(東横堀川水辺再生協議会)」カテゴリの記事
- 大阪史跡探訪Vol.16を開催(2014.5.25)(2014.04.11)
- 中大江・北大江エリアの史跡探訪レポート 17(2013.11.05)
- 中大江・北大江エリアの史跡探訪レポート 16(2013.11.04)
- 中大江・北大江エリアの史跡探訪-3(2013.10.22)
- 中大江・北大江エリアの史跡探訪(2013.10.20)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント