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豊臣期の大坂を歩く 夏の陣vol.1 レポート(9)

豊臣期の大坂を歩く 夏の陣vol.1 レポート(9)

岩本榮之助所有の地跡  中央区北浜1-9-9

住岩本榮之助は、大阪の両替商「岩本商店」を営む岩本栄蔵の次男として南区安堂寺橋通2丁目(現・中央区南船場2丁目付近)に生まれる。
明治39年(1906)4月、父栄蔵から家督を相続。
明治40年(1907)、株式市場の大暴落時に野村徳七ら大阪株式取引所(現大阪証券取引所)の仲買人らの訴えで全財産を投じて市場を買い支え、北浜の仲買人らを救った。私財を投じて塾を作るなどをし、取引所で働く少年たちを支援した。そのことで「北浜の風雲児」と称えられる。
明治42年(1909)に財界が結成した渡米実業団に加わり、渋沢栄一らとともにアメリカ合衆国を視察。
明治44年3月8日、大阪市に金百万円を寄付するとの発表。そのときにはまだ寄附の内容は決まっておらず、検討を重ねた結果、市民の誰もが利用できる「中央公会堂」を建設する案に決定する。
第一次世界大戦を機に苦境となり、大正5年(1916)10月22日、岩本商店の全使用人と家族を松茸狩りに出した後、自宅の離れ屋敷で陸軍将校時代に入手した短銃で咽喉部を斜めに打ち抜き自殺を図る。左手には愛用の菩提樹の数珠を握っていた。その5日後の同年10月27日永眠。享年39。辞世の句「この秋をまたでちりゆく紅葉哉」。
その2年後の大正7年10月、中央公会堂が竣工。
同年11月17日に落成奉告祭が行われた。 現在、大阪市中央公会堂地下1階には、「岩本記念室」が設置され、銅像と遺品が展示されている。

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