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豊臣期の大坂城には2つの天守があった!

豊臣期の大坂城には2つの天守があった!

1600年関ヶ原の戦い以後、権力は豊臣家から徳川家へ移行します。

その事実として、大坂城内に城主 豊臣秀頼がかまえる天守閣の西にあたる西の丸に徳川家康築城の天守が存在していました。

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