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天満橋周辺は魅力一杯!

天満橋

天満橋周辺は魅力一杯!

地下鉄(谷町線)、京阪の2つの電車の駅がある「天満橋駅」。

この駅周辺は、大阪市内でも私が公私共に最もよく行く場所です。

公は大阪城スクエア

私は幕末の大坂を歩く

「bakumatsu_tenmabashi.pdf」をダウンロード

夕陽丘に次いで大阪市内でお気に入りの場所となりました。

歴史だけでこの街を見てきましたが、「OSAKA旅めがね」に関わってからは芸術に関わる街であることも知りました。かつては紳士服店が集まる街でもあるということをD氏からご教示いただきました。

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歴史では初代天皇である神武天皇が、このあたりに上陸し築いた神社が「生國魂神社」。

日本最古の神社(現在、天王寺区にあります)となります。

八軒家船着場にあった常夜燈は、生國魂神社で見ることができます。

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このあたりは八軒家船着場として京都-大坂間を運航していた「三十石船」の港として栄

えました。熊野詣や伊勢詣りはここから起点となる「熊野街道」を歩いて南に向かいました。あまりにも人が多いので「蟻の熊野詣」と呼ばれました。

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八軒家船宿では「京屋忠兵衛」が最も有名で、新選組の定宿でした。

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坂本龍馬の妻であるお龍さんも利用したことがあります。現在は、フロマージュ天満橋店(チーズ屋)と福助ビルが該当します。近藤勇、土方歳三、沖田総司、芹沢鴨、山南敬助、永倉新八などが何度も宿泊しています。

東隣の船宿が「堺屋源兵衛」。業務提携先が伏見の寺田屋

寺田屋といえば坂本龍馬。(有馬新七という意見もありますが・・・)

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高倉筋にある石段は江戸期から残るもの。また高倉筋の東側にある石垣は、下半分が安土桃山時代以前のもの。上半分は江戸期のもの。その上には江戸期は「三橋楼」という有名な料亭がありました。

明治8年(1875)1月26日には、木戸孝允主催の「囲碁会」が催され、大久保利通、伊藤博文、井上馨、五代友厚らそうそうたるメンバーが集まりました。

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又同じ地に明治15年以降には、「日本ハリストス正教会」が建ちました。

天満橋を北へ渡ると大川では珍しい砂浜があったり、喜多俊之氏、堺屋太一氏、安藤忠雄氏にかかわるビルがあります。

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北大江公園の南にある双基マンション。その2階に見える「青山ハープ」は弦楽器の問屋である「鈴木弦楽器」で日本唯一の国産ハープメーカー(本店は福井)の大阪営業所。ギター・マンドリン専門店「中川弦楽器」。アコーディオンとハーモニカの専門店「ソハマ楽器」が入っていて近所にもたくさんの楽器店が集まっているのも魅力です。

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最後に「EXPOカフェ」。昭和45年(1970)、開催された万国博覧会。そのときに作成された「太陽の塔」は現在も見ることができます。アメリカ館では月の石が展示されていました。

かなりの行列で私は見ることができませんでした。ソ連館の建物もよく覚えています。

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