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意外な大坂城 ⑥

意外な大坂城 ⑥

イギリス公使館跡

 イギリス外交官 アーネスト・サトウの日記によりますと、大坂城二の丸玉造門近くにあった老中 板倉勝静の屋敷をイギリス公使館として使用していたとあります。

 場所は玉造御門を入ったすぐのところにありました。

 幕末期で大政奉還後に置かれましたので、大坂城炎上とともにイギリス公使館も廃墟となりました。

 焼失後の大坂城へサトウが訪れ、詳細を日記に残しています。詳細は萩原延壽氏著の「遠い崖-アーネスト・サトウ日記抄」まで。

 ちなみに、大政奉還→王政復古の大号令などの急展開で、徳川慶喜は二条城を離れ、大坂城に入ります。

 そのとき、慶喜ら幕府重臣などの軍が大坂城入城する際、偶然アーネスト・サトウは京橋口付近でその模様を観ています。

 「ちょうど城の壕に沿った通りの端まで来たとき、進軍ラッパが鳴りひびき、伝習隊が長い列をつくって行進して来た。(途中省略)われわれ、この転落した偉人に脱帽した。彼は黒い頭巾で顔をつつみ、軍帽をかぶっていた。(以下省略)」

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