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土佐藩大坂蔵屋敷跡

土佐藩大坂蔵屋敷跡

大阪市立中央図書館やかつての名称「マンモスアパート」がある地は広大な土佐藩の蔵屋敷がありました。

土佐藩の名産である鰹や材木が江戸時代この地に運ばれ、鰹座や材木を商う店、更には本屋までこの付近で栄えました。

現在は、かつて蔵屋敷内にあった稲荷神社が残され、土佐稲荷神社として遺跡が残されています。

明治期に大坂蔵屋敷の主となった岩崎彌太郎が今日まで残る「三菱」を興したからこそ、神社として残されています。

境内には、第8代藩主山内豊敷(やまうちとよのぶ)寄進の常夜燈、彌太郎の実弟の彌之助寄進の青銅狛犬、彌太郎の娘婿加藤高明(内閣総理大臣)寄進の常夜燈などが残されています。

更には謎めいた慶応三年十一月十五日寄進の常夜燈があります。

常夜燈や石碑など建立年月が記されていても日単位まで刻まれている碑は少ないですよね。

なぜ「慶応三年十一月十五日」と刻まれているのでしょうか?

この日はご存知のとおり、京都の坂本龍馬寓居である近江屋にて土佐海援隊の隊長 坂本龍馬と土佐陸援隊の隊長 中岡慎太郎が遭難した日です。

明日はJASS主催の「大坂にある龍馬ゆかりの地2」のガイドとして案内してきます。

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