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大阪にある土浦藩ゆかりの地③ 勝 海舟宿泊の地

大阪にある土浦藩ゆかりの地③ 勝 海舟宿泊の地  泉南郡岬町

文久3年(1863)4月1日、勝 海舟は大坂から紀州へ向かう途中、ここ多奈川に立ち寄り1泊しています。

宿泊先は多奈川の庄官 戸口仙蔵邸で、現在も子孫の方がその地に住んでいらっしゃいます。

当時の戸口家は、門前まで海に入り組んだ小湊になっており、小舟で屋敷へ入れたようです。現在の建物は大正期に建て替えられたものだそうで当時の面影はありませんが、庭にある井戸は当時から残っているものだそうです。

庭は当時、お白州の場だったと言い伝えられています。

戸口仙蔵は、海舟日記にも記載されていますが、この地域(土浦藩領)で庄官を務めていました。文久3年(1863)、近くの淡輪(たんのわ)陣屋で「大砲御筒凌」という砲術の訓練があり、谷川村から戸口仙蔵の弟が参加したという記録があります。

勝海舟が宿泊した際、戸口仙蔵は海舟の目にとまり、「江戸に来ないか(あるいは一緒に来ないか)」と誘われたと戸口家では言い伝えられているようです。

戸口仙蔵は断りますが、子の亀太郎【その後通(とおる)に改名】は同行したかったそうです。

日本地図を描いた伊能忠敬も戸口家を訪れたことがあるそうです。

勝 海舟日記に次のような記載があります。

文久三年四月朔日

泉州田川へ泊す。此地は僻地、土屋采女正領所にて小湊あり。庄官 戸口仙蔵方へ泊す。途中より雨。

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