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龍馬の裏書

慶応2年(1866)2月5日

坂本龍馬は、薩長同盟の仲介→寺田屋騒動による重傷→薩摩藩邸潜伏

とめまぐるしく奔走し、このあと鹿児島へ向かい妻のおりょうさんと新婚旅行。

大坂にいた長州藩 桂 小五郎から薩長同盟で取り交わされた密約の六条の証明をして欲しいと龍馬に依頼します。

龍馬は桂 小五郎から届いた依頼文書紙の裏面に朱筆で次の裏書を記しました。

表に御記被成候

六条ハ、小(小松帯刀)、西(西郷吉之助)、両氏及

老兄(桂 小五郎)、龍(坂本龍馬)等も御同

席ニて談論セシ

所ニて、毛も(すこしも)相違

無之候。後来と

いへども決して

変り候事無之

ハ、神明の知る

所ニ御座候。

    丙寅

     二月五日 坂本龍

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