大坂の坂本龍馬ゆかりの地
幕末の志士が歩いた大坂 26回目
坂本龍馬ゆかりの地「土佐海援隊大坂詰所(薩万)跡」
私が大阪史跡を研究したきっかけは「勝 海舟寓居跡」「勝 海舟と西郷吉之助が会談した場所」「第14代将軍徳川家茂終焉の地」「土佐海援隊大坂詰所(薩万)跡」「新選組定宿 京屋忠兵衛跡」などがどこに該当するのか。
それを調べぬくことを目標に1999年より調査開始しました。
勝 海舟寓居跡と西郷会見の場所は同一の場所、徳川家茂終焉の地、は少しして判明しました。
2009年になって「薩万跡」「京屋忠兵衛跡」がやっと見えてきて、京屋忠兵衛跡には銘板が掲げられました。
薩万も水帳絵図や当時の手紙やお龍さんの回顧談からある程度「ここ」というのがわかりました。
薩万の女将おりせさんは、寺田屋のお登勢さんより面倒見が良かったとお龍さんが語っています。
みなさん、大坂に薩摩藩の屋敷(蔵屋敷)は、いくつあったと思います?
私の知る限り4箇所もありました。
その4箇所の近くには決まって薩摩屋半兵衛の邸がありました。
薩摩屋半兵衛の菩提寺は、中寺の法性寺です。姓名は川端氏。
川端氏から法性寺ご住職様を通じて、薩摩屋半兵衛の歴史を知ることができ、
かつ薩万とは無関係であることがわかりました。
詳細は下記URLへアクセスください。
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